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正文は黙つて聞いていたが、このときふいに今まで前屈みに折りたゝんでいた背をぐつと伸したやうに思はれた。そして、あの噛みつくやうな眼がぎろりと房一を一瞥した。
房一はその玄関土間に足を踏み入れて、
答へながら、房一は少からず面喰つていた。声をかけられるその瞬間まで、彼は酒造家の相沢を何となくでつぷり肥つて、木綿縞の袷あはせの袖口から肉づきのいゝ手首を喰はみ出させた、紺の前掛でもした男を想像していたのだつた。それが乗馬ズボンをはいて現れようとは――。
すると、徳次はびつくりしたやうな眼で房一を見やつた。
万事の設備不完全なるは、一々数え立てるまでもないが、肝腎の風呂場とても今日のようなタイル張りや人造石の建築は見られない。どこの風呂場も板張りである。普通の銭湯とちがって温泉であるから、板の間がとかくにぬらぬらする。近来は千人風呂とかプールとか唱えて、競って浴槽を大きく作る傾きがあるが、むかしの浴槽はみな狭い。畢竟ひっきょう、浴客の少かったためでもあろうが、どこの浴槽も比較的に狭いので、多人数がこみ合った場合には頗る窮屈であった。
練吉は盃を口にふくみながら答へた。
と、横合から老父の道平が房一に寄り添つて来た。
あるとき一人の女の客が私に話をした。
「それから、あれだが、今までよう訊かなんだが、――あれは、どうしたもんかの、大石さんの方は?」
と、房一は机の上に虫の卵の形を書いてみせた。
「まあ、葉書でざつと町内に出しときましたがね」
房一が云ふと、喜作は突然びつくりするほど大きな口を開けて笑つた。
風呂にゆつくりとつかつた。